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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)846号 判決

主文

原告と被告堀田登一との間の別紙物件目録(一)記載の建物に対する賃貸借契約における資料は、昭和三九年九月一日以降一ヶ月金一万二、五一三円であることを確認する。

被告堀田登一は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、同目録(三)記載の土地を明渡せ。

被告堀田三二は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物より退去して、同目録(三)記載の土地を明渡せ。

原告の被告堀田登一に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第二、三項と同旨及び「原告と被告堀田登一との間の別紙物件目録(一)記載の建物に対する賃貸借契約における賃料は、昭和三九年九月一日以降一ヶ月金一万五、〇〇〇円であることを確認する。」との判決並びに主文第二、三項につき仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、別紙物件目録(一)記載の建物(以下本件(一)の建物という)及び同目録(三)記載の土地(以下本件土地という)は原告の所有にかかるものである。

二、原告は被告登一に対し本件(一)の建物を賃貸しているものであるが、その賃料(月額)は、昭和二八年一月から金三、六六〇円、昭和三一年二月から金八、〇〇〇円となり、その後公租公課の増徴、土地建物の昇騰比隣の建物の借賃の比較等により、右賃料は極めて低廉となつたので、原告は同被告に対し、昭和三九年八月三〇日、同年九月分以降の賃料を月額金一万五、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をなした。

然しながら同被告は右増額賃料を争いその支払に応じない。

三、被告登一は昭和二六年六月頃、原告に無断で、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件(二)の建物という)を建築所有し、なんらの正当な権原なく本件土地を占有している。

被告三二は、本件(二)の建物に居住することによつてなんらの正当な権原なく本件土地を占有している。

よつて、原告は、被告登一に対し、本件(一)の建物に対する昭和三九年九月一日以降の前記増額資料一ヶ月金一万五、〇〇〇円の確認と、本件(二)の建物の収去並びに本件土地の明渡しを、被告三二に対し、本件(二)の建物からの退去並びに本件土地の明渡しをそれぞれ求める。

と述べ、被告らの抗弁に対する答弁として、

本件土地につき本件(一)の建物(敷地)の賃借権が及ぶことを前提とする被告らの主張は否認する。すなわち、被告らは本件(一)の建物の敷地は、本件(二)の建物の敷地部分(本件土地)までも含むものであるから、被告登一の本件(一)の建物の賃借権の効力は本件土地にまで及ぶと主張する。然しながら、被告らの右主張は正当ではない。それについては、右本件(一)の建物は登記簿上は居宅部分、井戸屋部分及び便所をもつて構成されているが、その配置関係の実情は概略別紙図面二のとおりであり、これによると本件(一)の建物は南側においては、本件(二)の建物が建築される以前は便所、仕切り及び井戸屋形部分の南側の棟(別紙図面二(イ)点及び(ロ)点を直線で結んだ線)で裏の土地すなわち本件土地とは明確に区切られていたことがわかる。右のように建物の構造からみると、本件(一)の建物の敷地は同図面の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)及び(イ)の各点を順次直線で結んだ内側の部分に限られ本件土地はこれに含まれていないとみるべきである。

と述べ、再抗弁として、

被告登一は昭和二六年七月四日、原告に対して、原告において建物建築等のため物置等の敷地が必要となつたときは無条件でこれを取りこわす旨の契約書(甲第一、二号証)を差し入れて約束をしている。右の誓約書の趣旨は、同被告が本件(二)の建物を収去して本件土地を原告に明渡すというにあるのであつて、単に右建物を取りこわすのみで、その敷地部分(本件土地)は従前どおり同被告が継続して使用するというものでないことは明白なところである。然らば、仮りに本件(一)の建物の敷地は同(二)の建物の敷地を含むものであるとの被告らの主張が認められるとしても、被告登一が右のような誓約をなした以上、同被告は本件(一)の建物の賃貸借契約に伴う本件(一)及び(二)の建物敷地のうち本件土地の部分の利用権を原告の明渡し申し入れがなされることを条件として放棄することを承認したものといわなければならない。而して原告は本件土地を利用して借家を建築すべく、遅くとも本訴状によつて本件(二)の建物の収去並びに本件土地の明渡を同被告に請求したものであるから、同被告は原告に対し右誓約の趣旨に則り右建物収去土地明渡の義務を負担しているものである。

と述べ、被告らの再々抗弁に対する答弁として、

被告らの権利濫用の主張は争う。

と述べた。

被告ら訴訟代理人は「請求棄却」の判決を求め、請求の原因に対する答弁として、

請求の原因第一項の事実は認める。同第二項の事実は被告登一が原告より本件(一)の建物を賃借していること、又右賃料は昭和三一年二月より昭和三九年八月三〇日まで月額金八、〇〇〇円であつたが、同日、昭和三九年九月より右賃料を月額金一万五、〇〇〇円に増額する旨の意思表示のあつたこと及び同被告が右賃料増額に応じなかつたことはいずれも認めるがその余は争う。同被告は右賃料増額が一時に倍額近い値上げであるから適正な値上げなれば応ずる意思あることを回答したが右賃料増額に関する協定ができないため一応従前どおり月額金八、〇〇〇円を供託している。同第三項の事実は、被告登一が本件(二)の建物を所有していること及び被告三二が本件(二)の建物に居住していることはいずれも認めるがその余は否認する。

と述べ、抗弁として

被告登一は本件土地について本件(二)の建物所有のため賃借権を有するものであり、又被告三二は被告登一の同居の家族として右建物に居住するもので、被告らはいずれも本件土地を占有すべき正当な権利を有するものである。

即ち被告三二は被告登一の弟であるが、被告らの亡父訴外堀田浪造(以下訴外浪造という)は明治四四年頃本件(一)の建物及びそれに隣接する南側の土地即ち本件土地並びに右土地の西側に隣接する土地(別紙図面空地の部分)を含めて約一六五平方米(約五〇坪)を前所有者の訴外亡髙木満吉より賃借した。訴外浪造は葬儀店を営む関係上作業及び資材等の置場として利用すると同時に本件土地の上に明治四四年右訴外髙木の承諾の下に(1)木造亜鉛葺二八・三八平方米(八・六坪)(2)木造瓦葺一九・八平方米(六坪)を建築使用してきた。そして訴外浪造は大正五年頃に至り右訴外髙木の承諾を受け事業拡張のため建具を併設し、本件土地上に更に居宅一六・五平方米(五坪)及び物置一九・八平方米(六坪)と一九・一四平方米(五・八坪)を建て増した。その後一部修理改造等をなし約五〇年程何等の問題も生じなかつたのである。しかして、原告の亡父訴外竹島史郎は昭和五年に本件(一)の建物及び本件土地を含む同番地の宅地全部四〇九・九一平方米(一二四坪)を右訴外髙木より買い受け、昭和一六年八月一〇日右訴外竹島が死亡し、原告が右物件を相続によつて取得し賃借人たる地位を承継したものであり、他方、被告登一は訴外浪造が昭和二〇年に死亡したため家督組続により本件(二)の建物の所有権並びに本件土地の賃借権を承継したものである。

と述べ、原告の再抗弁に対する答弁として、

原告主張の誓約書なるものが存することは認めるがその余は争う。

と述べ、再々抗弁として、

原告主張の誓約書(甲一、二号証)は、被告登一が本件(二)の建物の一部を修理したとの事情の下に被告登一に署名押印を強要したものでかかる事情の下になされた右誓約書記載の約束は何等効力なく若しこれが効力ありとするも原告において本件建物収去、土地明渡を求めるのは正当の理由なく権利の濫用というべきである。よつて、原告の本訴請求は棄却さるべきである。

と述べた。

(立証省略)

理由

先ず、被告登一に対する賃料増額請求につき判断する。

本件(一)の建物及び本件土地は原告の所有であること、被告登一が原告から本件(一)の建物を賃借しており右賃料は昭和三一年二月より昭和三九年八月三〇日まで月額金八、〇〇〇円であつたが、同日原告において同被告に対し同年九月より右賃料を月額金一万五、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をなしたこと及び同被告が右賃料増額に応じなかつたことはいずれも当事者間に争がなく、鑑定人柘植鉦太郎の鑑定の結果によれば、昭和三九年九月一日の時点における本件(一)の建物の適正賃料は一ヶ月金一万二、五一三円が相当と認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。右事実によれば、原告のなした前記賃料増額の意思表示は右の限度において効力を生じたものというべきである。

しかして、原告が被告登一に対し、右原被告間の本件(一)の建物に対する賃貸借契約における賃料は昭和三九年九月一日以降一ヶ月金一万二、五一三円であることの確認を求める限度で理由があるといわねばならない。

次に、被告登一に対する建物収去土地明渡の請求につき検討する。甲第一号証の被告登一名下の印影が同被告の印章によるものであることは当事者間に争がなく後記認定の如くこれが原告に強要されて作成されたものではないから真正に成立したものと推認すべき甲第一号証、成立に争がない同第二、三号証、乙第一乃至五号証証人竹島すう、同内藤菊重の各証言、原告及び被告登一の各本人尋問の結果の一部(後記措信しない部分を除く)並びに検証の結果によれば、被告らの亡父である訴外浪造が、明治四四年頃本件(一)の建物(母屋)及びこれに隣接する南側の本件土地並びに右土地の西側に隣接する土地(別紙図面空地の部分)を一括して前所有者の訴外髙木満吉より賃借したもので訴外浪造は葬儀店を営んでいたので右土地の空地部分を材料置場等に利用していたが、明治四四年頃本件土地上に木造亜鉛葺平屋建二八・三八平方米(八・六坪)と木造瓦葺平屋建一九・八平方米(六坪)を建築し、その後大正四年頃に更に右各建物に居宅、炊事場を増築し、これが一部修理、改造等をなし、現在の本件(二)の建物となつたものであること、その間の昭和二六年七月頃右の建物を被告登一が原告に無断で改造しようとして初めて原告との間に紛争を生じるに至り、その際即ち、昭和二六年七月四日被告登一は原告の申出により原告にて必要の節はいつでも右建物を取りこわす旨の甲第一号証及び原告にて事実並びに建物を建てるため土地入用の時は原告の申し入れにより右建物を取りこわす旨の甲第二号証を各作成して原告に差し入れ右建物の改造につき原告の承諾を受けたものであり、かくて右各書面については、原告の要求により被告登一が作成するに至つたものであるが、原告がこれを強要したものとは認められず、あくまでも被告登一の自由意思の下に任意その作成に応じたものであること、なお、原告が本件土地の明渡しを求める理由は現在の就職中の会社定年退職を控えて収入の道を開くべく借家建築の予定であることなどの事実が認められ、右の認定に牴触する原告及び被告登一の各本人尋問の結果の一部はたやすく信用できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によれば、被告登一は従来本件土地についても賃借中の本件(一)の建物の敷地の一部として賃借権を有していたが、昭和二六年七月四日本件(二)の建物改造を原告から承諾して貰うのと交換的になお相当長期間に亘る同被告の木造建物所有による本件土地の利用継続を当然の前提として原告の請求があり次第その建物を取り毀した上本件土地の利用を放棄して原告にこれを返還することを任意承諾したものと認めるのが相当である。

而して、原告は被告登一に対し右相当期間経過後は右約束に基き本件(二)の建物を収去して本件土地を明渡すべきことを請求する権利があるというべきところ、同被告はこれが権利の濫用であると主張するが、右約束の成立につき原告がこれを強要したものとは認められないこと前記載のとおりであり、又右約束の成立後既に一三年以上を経過して原告が本訴を提起し(本件口頭弁論終結の時点では既に一七年余を経過している)自己が建物を建築することを理由に右約束の履行を請求しているものであるからこれをもつて直ちに権利濫用とは断じ難いといわねばならない。

従つて、原告が被告登一に対し本件(二)の建物を収去して本件土地の明渡しを求める点は理由があるというべきである。

そこで進んで被告三二に対する本訴請求につき案ずるに被告三二が本件(二)の建物に居住していることは当事者間に争がなく、被告登一本人尋問の結果並びに検証の結果によれば同被告は被告登一の弟であり妻子とともに本件(二)建物の一部に居住し本件土地を占有していることが認められ右認定に反する証拠はない。ところで被告三二には同被告の主張自体によつても明らかな如く本件土地につき独立の賃借権があるものではなく、あくまでも被告登一の賃借権ないしは利用権の存在を当然の前提とする占有であることから被告登一において前説示の如くその利用権を喪失した以上被告三二もまたこれが占有すべき根拠を失うと解すべきである。

而して原告が被告三二に対し本件(二)の建物から退去し本件土地の明渡しを求める本訴請求は理由があるというべきである。

よつて、原告の被告登一に対する本訴請求は右当事者間の本件(一)の建物の賃貸借契約における賃料が昭和三九年九月一日以降一ヶ月金一万二、五一三円であることの確認を求め、且つ本件(二)の建物収去して本件土地の明渡しを求める範囲で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべく、又原告の被告三二に対する本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言の申立については相当でないからこれを却下することとし主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

(一) 愛知県西春日井郡新川町大字土器野新田字南中野三六九番地

家屋番号南中野一二番

一、木造瓦葺二階建居宅

床面積  一階  一〇四・一三平方米(三一坪五合)

二階   四七・六〇平方米(一五坪四合)

一、木造瓦葺平家建井戸屋形

床面積       二六・四四平方米(八坪)

一、木造瓦葺平家建便所

床面積       一三・二二平方米(四坪)

(二) 同所同番地

家屋番号南中野一二番の二

一、木造瓦葺平家建居宅

床面積       二八・四二平方米(八坪六合)

(但し、実情は木造瓦葺平家建居宅兼物置にして床面積は約七〇・〇六平方米)

(三) 同所同番地

一、宅地      四〇九・九一平方米(一二四坪)

のうち、約七〇・〇六平方米(但し別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)及び(イ)を順次直線で結んだ内側の部分)

〈省略〉

〈省略〉

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